小松菜奈主演、映画「恋は雨上がりのように」を見た感想。【ネタバレ】

2020年7月1日

映画「恋は雨上がりのように」の原作は眉月じゅんさんの同名コミックスです。

作者の眉月じゅんさんは女性作家ですね。

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ネタバレ有りなのでご注意ください。

原作(漫画)の最終話が炎上した理由。

原作の最終話であきらはファミレスを解雇となり陸上部へ、店長はそのまま店舗にとどまっています。

つまり物語は振り出しに戻っています。

この作品のモチーフは17歳の女子高生が、45歳の中年男性に恋心を抱くという切実なものです。

最後にあっさりした「落ち」をつけた事で、ストーリー全体に対する切実さが失われてしまいました。

これが炎上の原因です。

ラストで「落ち」をつけると、ほとんどの場合、読者ががっかりするような「落ち」になります。

よくやってしまいがちなミスです。

正解は「落ち」をつけないことです。

実際に映画では、「落ち」をつけていません。

コミック10巻のP138ページからは各キャラクターが作者の主観で動いてしまっています。

本来はあきらから見えたものだけ、近藤から見えたものだけを描けばいいのに、そこに作者の主観が入りすぎています。

よって10巻のP138以降は単なるあらすじです。

また日傘とマフラーという小道具を使っていますが、これは二人の心情を表現するには、あまりに軽すぎます。

以上が原作が炎上した理由でしょう。

ただし、ラスト以外は非常に秀逸な漫画です。

ちなみに一番好きなキャラを挙げるとすれば九条ちひろです。

書くことに対する矜持に共感します。

戦争と恋にはルールがない。

戦争と恋にルールはないという事を記憶しておきましょう。

女性というのは結婚は別として、恋愛に限れば年齢差をあまり気にしません。

こと恋愛に関してはルールはありません。

特に精神的な物(愛情ややさしさ)が不足した時はガンガン来ます。

「もう俺なんかオジサンだし、色恋から引退しちゃったもんね。」なんて油断してると10代の女の子からいきなりコクられる事もあるので油断は禁物です。

そんな時、おじさんには眉一つ動かさず華麗にスルーする冷静さが必要です。

決してつまらない中年ではない店長・近藤

まずチェーン店の店長という役職は今の非正規の多い社会では高めのポジションです。

その後昇進してマネージャーという話も出てきます。

つまり一店舗だけではなくエリアを統括する役職です。

そうなると年収は500万円近くになります。

そのポジションを高校生との色恋で台無しにしたくないというのが、映画前半の近藤の本音だったのではないでしょうか。

横浜付近の家賃相場がどれくらいかわからないですが、1人暮らしなら相当貯金できるはずです。

近藤自身は、「45才、夢も希望も何にもない。空っぽの中年なんだよ、ボクは。」とうそぶきますが、それなりの野望は持っているわけです。

起承転結で映画を観てみる。

起承転結に気をつけて映画を観ると、描写の力が身に付きます。

起(ファーストシーン)

ファーストシーンでは、主人公が生活している背景、存在感を描写します。

まず学校の風景から始まります。

つまりヒロインは高校生ということが理解できます。

オープニングでかかる曲は、ポルカドットスティングレイの「テレキャスター・ストライプ」です。

次にファミレスのシーンに移ります。

主人公は高校生でファミレスでバイトしている事がわかります。

あきらが教科書に店長との相合傘を書いているシーンもありますね。

店長に思いを寄せるヒロインの心情がうかがえます。

その後、陸上部のシーンがあり、あきらがアキレス腱断裂のケガで部活を休んでいる事がわかります。

序盤に主人公が置かれている背景をしっかり描いておけば、視聴者が作品の中に入り込めます。

承(セカンドシーン)

物語というものは主体の欲望に立ちはだかる壁があって、はじめて成立します。

ヒロインのあきらと店長の近藤があっさり結ばれてしまうと、物語として成立しません。

セカンドシーンでは主人公の前に立ちはだかる壁が描かれます。

・アキレス腱断裂という大怪我
・17歳と45歳という年齢差
・加瀬という恋路の邪魔をする存在
・ライバル・倉田みずきの出現
・あきらの親の存在

まずひとつづつ見て行きます。

アキレス腱断裂という大怪我

アキレス腱断裂は、アスリートレベルの競技に復帰するまで7か月を要します。

劇中のアキラは2年生の冬にケガをしているので、夏のインターハイには間に合いません。

秋の国体にギリギリ間に合うかどうかといった感じでしょうか。

進路にも影響するのであきらが競技から気持ちが離れるのも理解できます。

17歳と45歳という年齢差

28歳差といのは「親子」ほど違う年齢なので、ちょっと結婚というのは難しいですが、人によっては恋愛対象にはなるかなと思います。

とにかくあきらは、崩れてしまいそうな自分を支えてくれる人を求めています。

今、それは店長だけです。

これは同僚の加瀬も劇中で指摘しています。

近藤は親と子ほども年が離れている高校生から告白されて当然戸惑います。

加瀬という恋路の邪魔をする存在

加瀬は大学生のアルバイトという役柄です。

あきらを何とかものにしようとしますが、全然相手にしてもらえません。

ただ時折、冷静な指摘をしてあきらの心を揺さぶります。

劇中では、ヒールですがこういう役柄の登場人物をしっかり描く事で作品に深みが出ます。

ライバル・倉田みずきの出現

風見沢(かざみざわ)高校には倉田みずきのように、11秒台で走れる選手がいません。

対抗できるのは橘あきらだけです。

よって部には常にあきらへの待望論があります。

ただあきらは店長とファミレスのバイトに夢中なので、部活とはしだいに疎遠になってしまいます。

この事が原因で親友のはるかとの仲もギクシャクします。

さて、あきらは1年生の秋にアキレス腱断裂をしたとありますが、これは違うと思います。

なぜなら1年生の夏の時点で11秒44を出している事になるからです。

それは現実的ではありません。

実際は、倉田みずき2年、橘あきら3年とするのが正しいと思います。

あきらの親の存在

これは近藤にとっての大きな障壁です。

あきらにうかつに手を出すとどうなるかと常に考えてしまいます。

昇進を控えた近藤には、できるだけリスクを冒したくないという気持ちがあります。

親の存在というのは、あきらの想いを正面から受け止められない大きな理由となっています。

転(山場)

「落ち」はなくてもいいと言いましたが、山場は絶対に必要です。

ここで劇中の山場をピックアップしていきましょう。

山場は視聴者が予想しない場面に設定するとより効果があります。

どしゃぶり雨の中での告白シーン。

もし店長が他の人に奪われたらと気が気でない、それがあきらの心情です。

よって思い立ったら即実行、それが彼女の流儀です。

どしゃぶりの雨の中、傘もささずに事務所を訪れます。

あきらに気づいた近藤はあわてて傘を持って近づきます。

あきらは「あなたのことが好きです。」とひとこと言い残して立ち去ります。

本来の近藤なら傘を渡しに追いかけるはずが、この時は茫然として立ちすくみます。

これは視聴者も予測できないタイミングです。

近藤の家で抱き合うシーン。

近藤が風邪で休んだ日、溜息をついてテーブルに顔をつけてふと店長のデスクを眺めると2冊の本があきらの目に入ります。

一冊は「あの人が大切にしているもの」もう一冊は「はばたく準備はできていた」という本です。

その後、加瀬が休憩室に入って来て「決着つけたら?」とあきらに覚悟を決めるようさりげなくアドバイスします。

そしてあきらは嵐の夜に近藤宅を訪れます。

店長の元を巣立ちたくないあきら、あきらをはばたかせたい近藤、その後のシーンで二人の思惑が交錯します。

 

嵐の日に訪れた近藤の家で「橘さんには感謝している。」と告げられると、あきらは泣きじゃくります。

近藤はあきらの心の揺れの大きさに戸惑いながら近づきます。

あきらが突然抱きついた後、近藤はそっと背中に手を回します。

しばしの抱擁の後、電灯がつきます。

我に返った近藤は飛びのくように離れ、「ボクは橘さんの気持ちには応えられない。」と言い切ります。

このシーンがこの映画のハイライトです。

九条ちひろの存在

「転」で最も重要な役割を果たすのは、九条ちひろです。

近藤にとっては、あきらよりちひろの方が大きな存在だったのかもしれません。

ちひろは既に「波の窓辺」という純文学作品で100万部を売り上げたベストセラー作家として登場します。

なおこの本の帯には「一生忘れない、かけがえのない記憶」という記載があります。

ちひろは売れっ子作家ですが、早稲田大学第一文学部演劇専修時代の同級生・近藤を見下したような態度を取りません。

それは彼が正真正銘の職業作家だからです。

定価1,000円の本が100万部売れるとざっくり1億円が印税として入って来ます。

ただし所得税が20%かかるので、手元に残るのは8,000万円です。

一生安泰という額ではないですね。

しかもほとんどの新人作家は2作、3作目で消えてしまいます。

芥川賞を取った作家でも、会社勤めをしている人はたくさんいます。

特に純文学は儲からないので、専業で食っている人はほんの一部で仕事の合間にコツコツ書いて発表しているのが現実です。

小説一筋だと7年から8年はパンの耳だけで生活する覚悟が必要です。

それでも新人賞を取れる保障はありません。

そういう厳しい現実を知っているちひろからすれば、近藤に欠けているものはただ一つ、「小説」を書くことです。

ファミレスの店長という安定収入を得られる職業があれば、後は他の純文学作家のように仕事の合間に原稿用紙に向かいひたすら書き続けるだけです。

よってちひろは、近藤の背中を押し続けます。

当然、書き手としての近藤の実力を認めているからできることです。

近藤も、ちひろに鼓舞され小説を書き始めます。

なお45歳という年齢は決して作家として遅い部類ではありません。

人間の語彙力は67歳前後にピークを迎えるからです。

この近藤とちひろの出会いがストーリーの最大の転機になります。

なおちひろは後に「徒花の実」という作品で芥川賞を受賞しています。

ちひろ役は、戸次重幸さんが好演しています。

ビジュアルが原作とほぼ、まんまです。

なお近藤の家で「飲もうぜ」と出すのはジャック・ダニエルですね。

ライバル「倉田みずき」の出現

最大のライバルとして倉田みずきが登場します。

彼女も右足のアキレス腱断裂を経験しています。

アキレス腱断裂の治療は、手術を行わずにギプスを用いて治療する保存療法と、断裂したアキレス腱を直接縫合する手術療法があります。

劇中ではあきらも倉田みずきも、ギプスを用いた保存療法をしています。

アキレス腱断裂の場合、治療開始後4ヵ月で軽い運動は可能となりますが、アスリートレベルの運動競技への復帰は短くても7かかります。

アキレス腱断裂の予後は良く復帰しても再断裂の可能性はほとんどありません。

劇中で倉田みずきは、あきらを目標にしており、部活さえやっていない事をなじります。

この時あきらは、店長に夢中で競技を半分あきらめかけています。

あきらが倉田みずきを意識したのは、100mで11秒44というタイムを出したと、幼なじみの喜屋武(きゃん)はるかから聞いた時です。

高校女子100mの記録は、2012年に埼玉栄高校の土井 杏南(どい あんな)選手が高校2年生時に出した11秒43です。

土井 杏南選手は100mの中学記録(11秒61)も保持しています。

よって倉田みずきのモデルは土井 杏南選手でしょう。

ただ倉田みずきに挑発されても、あきらは競技に復帰する決心がつきません。

むしろ陸上への未練を断ち切るため、シフトをぎりぎりまで入れようとします。

このシーンでは倉田みずき役の山本舞香さんが躍動感のある演技を見せ、作品のリアリティを上げています。

結(ラストシーン)

ラストシーンは2部構成となっています。

序破急と言われますが、ラストシーンはさりげなく終わった方がいい作品に仕上がります。

海辺のシーン

ラストシーンの前半です。

このシーンは本当にきれいに撮れていますね。

近藤は、息子にランニングフォームを教えるあきらを遠くから眺めています。

そしてあきらの走る姿を見て競技に戻れると確信します。

二人きりになった時、人は十分いるからもうシフトには入らなくていいと、あきらに事実上の解雇を告げます。

あきらは涙を流しながら、近藤の言葉を受け入れます。

多分出会った頃のあきらなら、近藤に詰め寄り駄々をこねていたでしょう。

かなり年下の女性から駄々をこねられと、男性は非常に困ります。

駄々をこねる女性というのは、男性から見ると幼く見え恋愛対象になりにくいのです。

原作ではあきらが返りたくないとわがままを言った事で関係が終わっています。

涙を流しながら近藤の申し出を受け入れる事ができたのは、あきらが女性として成長した証です。

このシーンでは相手の都合や立場に配慮できる女性となっています。

あきらの成長を感じた近藤は笑顔で送り出します。

ここで一旦あきらと近藤の関係はぷっつり切れます。

ただし、これが「落ち」だと、「じゃあ今までの2時間は何だったの?」という事になり、ストーリーの切実さが消し飛んでしまいます。

つまり作劇手法としては絶対使ってはいけない「夢落ち」になってしまいます。

そこで映画では、土手のシーンが追加されました。

土手のシーン

お互い相手の事を思って別れたので、どちらも遺恨のようなものはありません。

ただ恋が成就しなかったうずきのようなものは両者とも感じています。

よってすれ違った時、反射的にあきらは歩みを止め、近藤も車を道の脇に止めます。

あきらの親友であるはるかが、気を利かせて部員を先に行かせ、自分も深く一礼した後、走り去ります。

ここであきらと近藤が二人きりになります。

お互い元気であることを確認した後、近藤は近々昇進する事をあきらに伝えます。

あきらは満面の笑みで喜びます。

そして涙声で言います。

橘あきら「店長、私たち、私たち友達ですよね。友達だったら普通メールとかすると思うんです。あたし店長とメールしたいです。」(映画本編より引用)

この言葉を聞いて近藤は、以前のあきらならいきなりデートしようと言っていたのに、今はメールかといった感じの笑顔を浮かべます。

あの娘が随分、相手の立場を考えられるようになったな、という感じの表情を見せます。

この思慮深さこそ、最も近藤があきらに求めていたものです。

なお近藤は劇中で、あきらのメールをしたいとの申し出に「いいよ」とも「ダメ」とも答えていません。

ここでエンディングテーマ「フロントメモリー」が流れ、エンドロールに入ります。

ラストシーンは「落ち」をつけない「落ち」となっています。

この映画の脚本は坂口理子さんです。

さすが早稲田の第一文出身の脚本家ですね。

見事に原作の失敗をカバーしています。

この時点で主体の欲望を邪魔するハードルはかなり下がっています。

・もう店長と店員という関係ではない。

・あきらが成長し分別がつくようになっている。

以上の点を考慮し今後の展開を予想してみました。

その後の展開を予想する。

個人的な意見ですが、同世代が子供のように見えて物足りないあきらにとって、近藤は尊敬する存在であり良き相談相手であり続けるでしょう。

近藤があきらに一番求めていたもの、それは相手の都合や立場を思いやる配慮です。

あきらが成長し、そういう女性になっていれば、メールをやり取りし、映画に行ったり、図書館に行ったり、食事をしたり、近藤の自宅を訪れて近況を報告したりはあると思います。

もう連絡をせず、大雨の日にいきなり自宅を訪ねたりする分別のない事はしません。

そこは常識をわきまえた女性です。

その過程で手をつないだり、腕を組んだりはあると予想します。

あきらがむせび泣く時は、近藤がやさしく肩を抱き寄せる事もあるでしょう。

ただそれ以降に進むかは疑問です。

結果的には、性別を超えた先輩・後輩になっていくのではないかと思います。

つまり店長と橘さんという関係はお互いが別の良き伴侶を見つけるまで続くと予想します。

九条ちひろが「俺たちは大人じゃねぇよ、同級生だろ。」と言ったように・・・。

だだし、戦争と恋にルールはありません。

後は自由に作品の受手が想像すればいいだけです。

「うさぎドロップ」の原作のような禁断のラストもありますからね。

作品にリアリティを与えた小松菜奈の存在

見る角度やシチュエーションによって、まるで表情が異なる稀有な女優さんです。

この女優さんには視聴者の心を揺さぶるパワーがあります。

共演者でもメロメロになってしまう俳優さんは多いと思います。

誰とはいいませんが・・・。

身長も高く手足も長いので走る姿も様になっています。

今の所、この映画が小松菜奈さんの代表作でしょう。

小松菜奈という女優の魅力を活かし切ったスタッフもさすがです。

原作とは違った味を出した大泉 洋

原作の近藤は、前半はあきらに対しうろたえ、終盤は独りよがりな感じになり魅力に乏しいキャラとなってしまいました。

映画では、あきらの突飛な行動に面食らいながら、同時に教え諭すような人物を大泉 洋さんがブレる事なく演じています。

原作とは明らかに違う雰囲気です。

後半は教え子を見守る、先生のような雰囲気が出ています。

あきらは、そんな近藤の前で心を開きます。

元々大泉さんは、地理歴史科・公民科の高等学校教員免許を持っています。

店長というより先生という雰囲気が、映画をより爽やかなテイストにしています。

監督による独特のカット割り

この映画の監督は永井聡さんです。

長年CMの演出をやっていた方で、カット割りやテンポには独特のものがあります。

音楽に合わせて、カットを切り替えていくタイミングは絶妙です。

またワンカットの映像がとにかくキレイですね。

本格的な映画の監督はこれが4作目です。

今後、仕事の依頼も増えるでしょう。

また音楽は、「コードの魔術師」と呼ばれる伊藤ゴローさんが担当しています。

この映画でも印象に残るメロディが多かったですね。

まとめ

これだけ心を揺さぶられた作品は久々です。

最近は記憶にないですね。

個人的には「ノルウェイの森」以来の衝撃を受けました。

基本的には恋愛映画なのですが、同時に群像劇と捉えてもいいと思います。

フレッシュで次世代を担うハイレベルな若手俳優陣が脇を固めています。

主演の小松菜奈さんも含め、今後どれだけ活躍するか楽しみです。

一方ホール担当・久保役には濱田 マリさん、近藤の同級生で人気作家の九条ちひろ役には戸次重幸さんという芸達者を配し、作品をきっちり締めています。

お二人はルックスも含め、原作のイメージに近かったです。

さすがですね。

作品の構成上、次回作はないと思いますが、今回出演した俳優さんは今後も応援したいです。

自分としては文章や小説を書く際の参考になった映画作品なので感謝です。

なおレンタル店に行ったら、旧作にもかかわらずBlu-ray 以外は全てレンタル済みでした。

最後まで記事を読んでいただきありがとうございました。